読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

保育にとって大切なこと…

保育の現場で大切にしてほしいことを綴っていきます!

おかたづけ

こんにちは!!
保育士さんのサポーター内田淑佳(うちだよしか)です。

前回
指示語を  I(アイ)メッセージにかえると
どんなことが
子どもたちに芽生え、何が育つか、
ということを書きました。


片付けを例にあげましたが

片付けをするのは
当たり前で、
出来るようにしなくちゃいけないのに、
なんでお願いするような言葉を選ばなくてはならないの?

と、
若干 違和感を感じた方は
おられませんか?

参考:I(アイ)メッセージが好きなワケ - 保育にとって大切なこと…



必要なことは
厳しく教えなくては!
という考え方もあると思います。

ですので
今日は
『おかたづけ』について、書いてみようと思います。

まず、片付けは、誰のためにするのでしょう。

自分のため。
自分で使ったものは、自分で片付ける。

はい、その通りです。

が、
自分のものを自分の部屋に片付ける場合は
自分のため ですが

自分のものを共有の場所に(靴を靴箱に、パスをロッカーのお道具箱に、など)
共有のものを共有の場所に(絵本は本棚に、ブロックはこの箱に、など)
の場合は…どうでしょう。

自分のものを共有の場所に、の場合、
自分のものの管理という側面と、
共有の場所(保育室など)の整理、という
二つの側面がありますね。

共有のものを共有の場所に、の場合、
共有のものの管理の仕方プラス整理の仕方。

このようにして考えると、
自分のことは自分で、と言っていますが
みんなで使うところだから、個人個人が どう使ったら
みんなが 快適に過ごせるか、
ということを考える、という場面のほうか
圧倒的に多いと思いませんか?

社会性の芽生えを育む場所として
『片付け』という行為は、
みんなが 快適に過ごすために、
一人ひとりが、ものを大切に使いましょう、ということ
そして
ものを大切に使うということの
意味や、やり方、を体験的に
知るための、一つの素材、ですね。

ですから、
自分のものは自分で!
あなたが使ったんだから、あなたが!

もちろん大切なことですが

みんなのこと(周りのこと)を
考えられる(感じられる)経験が、
本当の意味としては大事じゃないかな、と思います。

一人は みんなの ために
みんなは 一人の ために

この精神が そこに溢れていると
素敵だな、と思います。

私は、みんなの部屋(保育室)だから
みんなで 片付ける、
遅くなっている子がいたら
手伝う、

という やり方のほうが
素敵だな、と思います。

積み木を使っていた3人が
3人だけで最後まで片付けなさい、と言われている場面を見ると

手の空いている子が 手伝って
早く終わったほうが みんなが気持ちいいのにな、と
思うのです。
(優しくする、される、という経験のほうが、この時期 大事だと思う)

片付けなくて困るのは、あなたよ!
と言われている場面をみると、
いや、困っているのは先生だよね、
どちらかというと その子は困ったと感じていない…
と、
思うわけです…。
(困るよ!と言葉で言われても、本人に 困った、と感じる気持ちが生じなくては意味がない)



今回は
おかたづけ
という例で 考えてみました。

子どもたちが
望ましい未来を作り出す力の
基礎を培う
(保育所保育指針より)

を、考えた時
「片付けなさい」と言われてする片付けと、
みんなで片付けをして
「ありがとう」と言われて嬉しい気持ちを経験することと、
どちらか大事かな、と考えてみてください。